【Vol.9】体育教師(審判員)・須黒祥子 さん(前編)

須黒 祥子(すぐろ しょうこ)

須黒 祥子(すぐろ しょうこ)

【体育教師(審判員)】

都立駒場高校保健体育科教員。(財)日本バスケットボール協会国際審判員。東京都品川区出身。幼少期からバレエやソフトボールをこなすスポーツ少女。中学からバスケットボールを始め、様々な出会いから教員を志す。現在は、都立駒場高校バスケットボール部を都大会ベスト16の常連校として率いる一方で、国際審判員としてアテネ五輪とロンドン五輪で審判を務めるなど国際舞台でも活躍している。

教師を志す運命的な出会い

教師を志す運命的な出会い

中高生の現役部活生にとって、もっとも身近な職業といえば学校の先生でしょう。今回ご登場していただくのは、スポーツとの関わりが深い、ある都立高校の保健体育科の先生です。

「中学生のときに体育が好きだったので、将来は体育の先生になって、生徒に部活動を教えたいという夢がありました」

そう話すのは、都立駒場高校の保健体育科の教員であり、同校の女子バスケットボール部を都大会でベスト16の常連校として率いる須黒祥子さんです。

須黒さんは幼少期のときからバレエやソフトボールをこなすスポーツ少女。中学生のときにバスケットボールを始めると、ある恩師との出会いが教員への夢を加速させたといいます。

「中学3年生のときに出会ったバスケットボール部の顧問の先生がすごく印象的でした。選手一人ひとりの特徴をよく掴んでいて、先生が言ったとおりにプレーするとチームが勝てるんです。私自身もその先生によく理解してもらっていると感じられたし、すごく成長させてもらいました。ちょっとしたエッセンスで人が変わっていく。指導者の力はすごいな、と思ったのが大きなきっかけです」

中学卒業後、須黒さんが進学した都立九段高校のバスケットボール部の先生も「優秀な選手を集めてチームを強くするのではなく、そこにいる選手を育てて勝利を目指そうとする指導者」(須黒さん)であり、人を育てる醍醐味を感じられる貴重な出会いだったのです。

丁寧に指導をすれば生徒が育つわけではない

丁寧に指導をすれば生徒が育つわけではない

学校生活においても指導する先生たちの影響は大きかったと振り返ります。

「九段高校には夏場に一週間、千葉にある学校の施設で合宿をするという夏の行事があったのですが、そこにはテレビもエアコンもないんです。『自分で感じて動きなさい』『スケジュールはわかっているんだから先を読んで動きなさい』先生たちが伝えるのはそれだけ。でも、私も含めて生徒たちが徐々に、自分たちでやらなければ、という雰囲気に変わっていくんです。自主自律を掲げる九段高校では、

学校の勉強も自分で管理して進めておかないとあっという間に置いていかれてしまう。私は友人たちの『(勉強は)やってないよ』という言葉に何度もだまされました (笑)。今の私自身の考え方には、整った生活環境と当時の先生たちの影響がかなりあると思います。」

その後大学に進学した須黒さんは、自身の目標に向かって、在学中から母校の九段高校バスケットボール部で指導者としてのキャリアをスタート。やがて、監督として独り立ちした須黒さんの試行錯誤が始まります。

「最初のうちは無我夢中で、自分がやりたいことを押し付ける指導がベースだったように思います。それでも最初に指導したのは母校の九段高校の生徒だったので、生徒たちは私がOBだから『この人のやり方について行けば大丈夫』という雰囲気があり、一方的に押しつけていても、そういうものだと思って従ってくれていたのだと思います。ただ、その後に教員免許を取得して、別の学校に赴任したときには、生徒たちの家庭環境などが異なれば、同じことを伝えても反応がまったく異なりました。一方的な指導ではうまくいきませんでした」

須黒さん自身、中高時代はバスケットボール部の主将を務めたリーダータイプ。指導者としてもそのリーダー性が必要な場面はありますが、それがすべてではないことに直面したのです。

「教師として常に感じていることは、いくら自分が年齢や経験を重ねても、毎年入学してくる生徒は変わるので、毎年新しい発見をしたり、ハッとさせられたりという場面がたくさんあるということです。常に丁寧な指導をすれば生徒が育つわけではない。むしろ、きめ細やかな指導をすることで生徒が指導者に頼りきってしまい、ダメになってしまうこともある。すごく難しいし、いつになっても試行錯誤の毎日です」

些細な日常の場面がバスケットボールにも活きる

些細な日常の場面がバスケットボールにも活きる

現在は都立駒場高校の強豪バスケットボール部を率いる須黒さんですが、監督に就任して4年目からは「生徒のもっている能力をできるだけ生かす」という指導のスタンスに変えたといいます。

「これまで都大会の関東大会出場を決める大一番の肝心な場面で、選手たちが自分で判断しきれずにベンチを頼ったり、弱気になってしまったりすることがありました。その壁は乗り越えないといけないし、そのためには、選手たちの意思を尊重するような指導を心がけなければいけないと感じているんです」

困難な状況でも、コート上で選手たち自らが判断を下して、実行に移していく――そんな力を養うには、日常生活から取り組む必要があると須黒さんは指摘します。

「たとえば、廊下に落ちているゴミを見て見ぬふりをするのか、誰も見ていなくても拾えるのか。整っていないスリッパをきちっと並べることができるのか、面倒だからとやり過ごしてしまうのか。とても些細な日常の一コマかもしれませんが、それが自然とできる人間であれば、バスケットボールの大事な場面でも細かいことに気づけて、瞬時に動ける選手になれるのです。最近の指導では、バスケットボールのプレー云々よりも、むしろ日常の些細な場面に対して叱ることのほうが圧倒的に多いんですよ」

生徒の成長を第一に考えた教員生活を送る須黒さんですが、実は、教員以外にも深くバスケットボールに係わるもう一つの顔があります。それが華々しい五輪の舞台などで活躍する国際審判員として顔です。その詳細なエピソードは後編へ続きます。

企画・株式会社イースリー 文・杜乃伍真 写真・平間喬
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