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Vol.19 プロスキーヤー 皆川賢太郎さん(前編)

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ライバルや憧れる存在が励みに



ポール(旗門)を通りながら滑走し、100分の1秒というわずかなタイム差を競い合うアルペンスキー競技。そんなシビアな競技の世界の第一線で活躍してきたスキーヤーがいる。



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「父は競輪選手だったため小さな頃から一緒にスポーツをする家庭環境でした。また、父が観光地でペンションを開く夢をかなえ、家族で新潟県湯沢町に移住したことで、スキーと親しむ機会にも恵まれたのです。夏は自転車、冬はスキーという生活を送り、父は競輪選手になってほしかったようですが、自分はスキーの道に進みました」



そう語る皆川さんは、アルペンスキー選手として1998年の長野オリンピックから4大会連続して出場した日本を代表するトップスキーヤー。2006年のトリノオリンピックのSL(スラローム)で4位の記録を残し、現在はプロスキーヤーとして活躍しています。雪に恵まれた新潟県で育ち、幼少時からスキーに親しんできました。



「父は競輪選手だったため小さな頃から一緒にスポーツをする家庭環境でした。また、父が観光地でペンションを開く夢をかなえ、家族で新潟県湯沢町に移住したことで、スキーと親しむ機会にも恵まれたのです。夏は自転車、冬はスキーという生活を送り、父は競輪選手になってほしかったようですが、自分はスキーの道に進みました」




皆川さんが育った湯沢町は苗場スキー場など、規模の大きなゲレンデが点在。有名なスキーヤーを多く輩出し、ジュニアの育成にも力を入れている地域です。海外選手と交流する機会もあり、後にアルペンスキーのワールドカップやオリンピックで活躍するトップ選手ともジュニア時代に知り合っていました。



「アルペンスキーのワールドカップで優勝経験もあるベンジャミン・ライヒ(オーストラリア)とは、小学5年生のときに出会いました。その頃はお互い無名で、ただスキーをしている日本の子供、オーストリアの子供という感覚です。そんな彼らが後にワールドカップやオリンピックで活躍する。だから世界の舞台は自分にはとても身近な存在で、ごく自然にその世界で活躍する選手になると考えるようになりました」



「人と同じ人生は歩まない」と決めていた



中学時代はバスケ部に所属していたという皆川さん。友達と学生生活を送りながら、すでに「プロ」としてスキーの世界に進むことを見据え、人とは違った生活を過ごしていました。



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「中学校にはスキー部がなかったのでバスケ部に入っていました。その頃、自分の中の決め事として、部活が終わって校門を出たら、みんなが遊びに行く方向とは違う方向に進むことにしていまいした。人と同じ人生は歩まないと心に決めていたんです。すでに将来はスキー選手として活躍すると決めており、そのために何をすべきか目標までの道のりを組み立てて考えていたのです。スキー選手は活動できる期間が短く、30代ぐらいまでしか第一線で戦えません。だから若いうちから極端に競技スキーに打ち込まないと、世界で通用する人間になれないと考えていました」





将来の目標を定めた皆川さんには、夢に向かってすべきことがきちんと見えていました。10代の遊びたい盛りにも関わらず、夢実現のためストイックな少年時代を送り、強い意志を貫くため、ずっと自分に言い聞かせたことがあります。



「1年は365日、1日は24時間と、人が過ごす時間は誰もが同じです。その時間をいかに過ごすかが、未来の自分を作ると考えていました。放課後、同級生がこれから遊びに行こうと楽しそうに帰っていく後ろ姿を見ながら、『自分は人とは違った人生を歩むのだ』と心に浮かべてモチベーションを上げる。そしてスキーの練習に取り組み、技術を磨く。そんな少年時代を送っていました」



子供の頃から未来を見据えていた皆川さんは、高校時代から全日本スキー選手権大会アルペン競技で活躍しはじめます。後編では、ケガに悩まされながら戦い続けた競技選手時代と、これから進む道についての話を紹介いたします。


後編はこちらから




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【プロフィール】

皆川賢太郎(みながわ けんたろう)

プリンスホテルスキー部所属
新潟県湯沢町出身。幼少時からスキーに親しみ、アルペンレースに参戦。1998年長野オリンピックから2010年のバンクーバーオリンピックまで4大会連続で出場。06年トリノではSL(スラローム)4位、ワールドカップでは自己最高SL(スラローム)4位の記録を残すなど、長年日本のレース界を牽引してきた。現在はプロスキーヤーとして活躍し、基礎スキー大会に挑戦。2015年の全日本スキー技術選手権大会出場を目指すなど活動の幅を広げている。







文・栗山ちほ 写真・渡辺智宏



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